このページには、本教科書を使用してコースを開講するために必要な情報や、教科書内の「刊行によせて」「教科書の特徴」「学習者の皆様へ」にある内容を教師用により詳細に記述した情報が記載されています。また、教師専用教材(クイズの問題一覧、読む宿題、課のテスト、授業活動の例、等)にもアクセス出来ます。
以下では、カリキュラムデザインを考えるための便宜上、「初級」「中級」という用語を以下の定義で使用しています。
初級
初級用日本語教科書(『げんき』『なかま』『ようこそ』『NEJ』『みんなの日本語』等)を使用して学習中の日本語学習者のレベル
中級
中級用日本語教科書(『上級へのとびら』『中級の日本語』等)を使用して学習中の日本語学習者のレベル
目次
本教科書作成の背景 本書のねらいとアプローチ- 内容教育の強化
- 読解量の増加
- 本書を使用する利点
- 文型のコントロール
- ウェブサイトの活用
- 本書を使用したコースの開講
- 各課の授業時間数
- 読解教育のポイント
- 十分な量の読解練習を提供する
- 複数の異なった読解タスクを与え、様々な読解ストラテジーを使いながら本文を複数回読ませる
- 読み取った情報が知識として残るように内容学習を強化する
- 理解語彙の量を増やす
- 読解の基本的な手順(授業前と授業後の学習)
- コースデザイン
- コースでカバーする課数
- 学習者に授業前に読み物を読んで来させる手段
- 学習者に毎日継続的に勉強させる手段
- 授業での学習者個人のデバイス(コンピュータやタブレット等)の使用
- 学期末の発表プロジェクト
- 初回の授業でのオリエンテーション
- 本文を読むための準備をする。
- 学習目標とそれを達成するための方法を説明する。
- 読解補助ツールを使用出来るようにする。
- 既習として扱われる文法、表現を復習する。
- 読解の手順を説明する。
- 単語量を増やすことの重要性を強調する
- 本文を読むための準備をする。
- 授業活動
- 「本文を読む前に」をする。
- 「本文」を読む。
- 単語のチェックをする
- メインポイントを確認する
- 重要文法や難しい文の理解など、言語的な補足をする
- 内容的な補足をする
- 教科書の練習問題をする
- 「予習クイズ」の問題と解答後に表示される説明
- 「確認クイズ」の問題と解答後に表示される説明
- 読む宿題(全課)
- 課のテストのサンプル(第1、2、5、6課)
- 期末試験のサンプル(第1、2、5、6課をカバーしたコース)
- 授業活動の例(第1課、第2課)
- 確認クイズの音声ファイル(全課)
- 読み物の英訳(全課)
- Anki デジタルフラッシュカード「文レベルの練習」Deckの文と音声ファイル(全課)
- Anki デジタルフラッシュカード「文法」Deckの文と音声ファイル
本教科書作成の背景
本書作成のプロジェクトは、コミュニカティブアプローチが主流となっている現行の日本語教育の一般的なカリキュラムに対する以下のような批判的考察を出発点としています。
過去25年ぐらいの日本語教育は、コミュニカティヴ・アプローチが中心で、実用的になりすぎているきらいがあるのではないだろうか。アメリカではliteracy-oriented approach(読み中心のアプローチ)という考えが去年あたりから全面に出てきており、読み書きを通して外国語教育をもっと知的にすべきだということが言われている。すでに80年代から出てきているContent-based Instruction(内容中心の教育 CBI)ということとからみ合わせて、やや偏ってしまった日本語教育に、もう少し日本事情教育を取り入れなければならないのではないだろうか。(牧野 2000)
この批判的考察が特によく当てはまるのは、学習者の言語力が低い初級から中級前半までのコースだと言えるでしょう。本書は、初級日本語教科書の後半(授業時間にして130~150時間以上の日本語学習を終えたレベル)や中級日本語教科書の前半を学習中の日本語学習者に対して、その知的レベルに見合った内容を盛り込んだ日本語コースを開講するという目的のために作成された教科書です。
本書のねらいとアプローチ
本教科書は、上記の引用にある「内容中心の教育」を読解教育理論に基づいて行うというアプローチでデザインされています。このアプローチには、学習者の知的レベルに見合った形で内容教育を強化しながら、コミュニカティブアプローチで不足しがちな初級レベルでの読解量を補うことが出来るという利点があります。
内容教育の強化
内容を重視した外国語教育は1980年代から注目され始め (Mohan 1986)、現在まで様々な実践が報告されていますが、その多くが中級後半や上級レベルでの実践で、初級、中級前半レベルでの試みは多くありません。これには、初級、または初中級レベルを終了し、基礎的な言語知識や語彙、漢字などを学習してからでなければ、内容重視のコースを開講するのは難しいだろうという教師の考え方が大きく影響しています。しかし、このような内容を重視したコースを先延ばしにするカリキュラムは、特に高等教育の場において、外国語コースは大学の一コースとしてふさわしい知的関連性を持ち合わせていないのではないかという批判を生む原因にもなっています(Spence-Brown 2010)。外国語教育の更なる発展のために、学習の早い段階から、言語教育と内容教育を直接的に結びつけるカリキュラムの開発が求められています(花井, 江森 2016; Byrnes 2008; Paesani and Allen 2012)。
読解量の増加
言語習得の理論には様々な仮説があり、ある特定の仮説に対して賛否が分かれるのは当然のことですが、以下は、どのような理論においても受け入れられる仮説だと考えられています。
言語の習得には十分な量の理解可能なインプットが必要不可欠である。
しかし、この一見シンプルなコンセプトを実際の教育現場で実践するのは簡単なことではありません。中級教科書を使い始めた日本語学習者が初級と中級のギャップに苦しむことが多いという問題がよく指摘されますが (富岡, 島 1991)、これは初級レベルでの読解不足が深刻であることを物語っています。
また、近年の第二言語習得の調査では、読解力が、話す、書くなどの産出能力に比べて速いペースで習得され、より高い到達目標を設定出来るということが報告されています(Cutshall 2015; Tschirner 2016)。これは、学習者の学習能力を最大限に引き出すためには、四技能のバランスを考え産出出来るレベルの読み物を読ませるという一般的な初級教科書に見られるアプローチを見直す必要があるということを示唆しています。
本書は、上記の内容教育の強化と読解量の増加という二つの目標を同時に達成し、日本語教育において遅れているとされる内容重視のカリキュラム・デザインの理論化(當作 2010)に貢献することを目指して作成された教科書です。文型のコントロールやテクノロジーの活用など、初級後半、中級前半レベルの学習者の読解のサポートを主目的とした方略を用い、日本語学習の早い段階から、学習者が挫けることなく内容を重視した読解を進めることを可能にしています。
本書の特徴と使用場面
本書を使用する利点
本教科書は、以下のような先生方に使用していただけるように作成されています。
- 初級コースにおいて、言語要素以外の内容の学習(文化的、社会的な側面など)に物足りなさを感じている。
「初級の授業にもっと文化的、社会的な要素を取り入れたいが学習者の言語力を考えるとなかなか難しい」と感じている先生方は多いのではないでしょうか。本書は、初級前半を終了したレベルの学習者を対象に作成されているため、初級用教科書の後半を学習中の学習者を対象に内容重視のコースの開講することを可能にしています。 - 初級コースにおいて、読解量の不足が問題だと感じている。
本書は、各課3,500字以上の長い本文を、初級前半を終えた学習者が読み進められるようにデザインされています。初級用教科書の後半を学習中の学習者を対象に、この教科書を使って内容重視の日本語コースを開講することで、初級レベルでの読解不足を補うことが出来ます。 - 学習者の日本のポップカルチャーへの強い興味に応えたいと思っている。
近年の日本語学習者の多くが日本のポップカルチャーに強い興味を持っているということが報告されていますが (Fukunaga 2006)、今やこれは現場の日本語教師の共通認識となっていると言っても過言ではないでしょう。このような文化的な興味は、外国語学習において大変重要な初期の内発的動機付けと学習意欲の維持に強く結びつくと言われています(Deci and Ryan 1985; Dörnyei 2001)。 本書は、ポップカルチャーをトピックとしているため、学習者の興味を日本語学習に直接的に結びつけることが出来ます。 - 履修者数が確保出来るコースを開講したいと思っている。
本書は、学習者の興味が強いポップカルチャーをトピックとして扱っている上に、中級、上級に比べて数が多い初級後半レベルの学習者を対象に含めることが出来るため、履修者数が確保しやすいコースを開講することが出来ます。また、このコースで多くの読解をこなした学習者が学習意欲と自信を高め、より多くの学習者が中級後半、そして上級レベルのコースへ学習を継続するという効果も期待出来ます。
上記のような目的でのコースの開講を可能にするために、本書は、文型のコントロールとウェブサイトの活用という方法を使い、初級後半の学習者でも難易度の高い読み物が読めるような環境を提供しています。
文型のコントロール
本書の読み物は、原則的に、一般的に中級レベルまでに導入される文型のみを使って書かれおり、初級後半・中級レベルの文型には「文法・表現」や脚注内で説明が加えられています。また、比喩的な表現を避け、学習者が理解しやすいシンプルな段落構成にしてあるため、初級後半レベルの学習者でも、辞書を使いながら読み進めることが出来ます。
ウェブサイトの活用
本書は、読み物を紙面だけでなくウェブサイトでも読めるようにすることによって、学習者がポップアップ辞書などを使って、素早く語彙や漢字を調べられるようにしてあります。日本語は漢字を使うため、学習者は通常の辞書では単語が調べられません。また、語彙の検索などに多くの労力が必要な環境では、学習者の認知資源が基礎レベルの認知処理に費やされ、読解に必要な高度な認知処理をする余裕がなくなってしまいます(Mori and Mori 2011)。本書は、ウェブサイトの活用によって、語彙や漢字の検索のような基礎レベルの認知処理に必要な負担を軽減しているので、学習者は内容的な理解に集中して読解の作業を行うことが出来ます。
カリキュラムデザイン
本書を使用したコースの開講
本書を使用することで、以下のようなコースを開講することが出来ます。
- 既にプログラムに中級の日本語コースが存在する場合
既存の初級後半、中級レベルのコースを履修している学習者を対象に本書を使用したコースを開講し、学習者が、既存の日本語コースと本コースとを同時に履修出来るようにする。これにより、既存のカリキュラムを大きく変更することなしに、初級レベルから内容重視のコースを付加することが出来ます。 - 中級の日本語コースがない場合
- 既存の初級後半レベルのコースを履修している学習者を対象に本書を使用したコースを開講し、学習者が、既存の日本語コースと本コースを同時に履修出来るようにする。これにより、既存のカリキュラムを大きく変更することなしに、初級レベルから内容重視のコースを付加することが出来ます。
- コースを増やせない場合は、既存の初級コースの中の最も高いレベルのコースの代わりに、本書を使用したコースを開講する。これにより、初級前半で基礎的な言語知識を身に付けた学習者が、日本語で日本のポップカルチャーについて学ぶことが出来ます。また、本コースと今まであった最も高いレベルの初級日本語コースを交互に開講することで、学習者が順に両コースを履修出来るようにするのもいいでしょう。この交互に開講するカリキュラムは履修者数の確保にも有効なため、将来的なプログラムの拡張にも繋げやすい方法だと言えます。
各課の授業時間数
本書は、基本的に1課を約420分~480分の授業時間でカバーするようにデザインされています。コースの単位数によって、以下のようなコースの開講が考えられます。ここでは、3単位と5単位のコースを開講する場合を例に挙げています。
- 3単位のコースの場合
- 全8課中6課分以上をカバーする。
読解力を中心とした言語能力の向上に焦点を置いてとにかくたくさん読ませたいという場合にはこのカリキュラムが推奨されます。 - 全8課中5課分をカバーする。
言語教育と文化や歴史などの内容教育をバランスよく行うことが出来ます。 - 全8課中4課分をカバーする。
言語教育と文化や歴史などの内容教育をバランスよく行いながら、関連事項の補足などにも十分時間が取れるカリキュラムです。4課カバーするコースを2つ作って交互に開講するということも可能なので、履修者数の確保という点においても利点があります。その場合は、内容的な観点から、以下のように課を分けることをお勧めします。
- 全8課中6課分以上をカバーする。
コース1: 漫画1、浮世絵、アニメ、歌1
コース2: 漫画2、漫画3、歌2、踊りと芸能
- 5単位のコース
- 全8課をカバーする。
読解力を中心とした言語能力の向上に焦点を置いてとにかくたくさん読ませたいという場合にはこのカリキュラムが可能です。 - 全8課中7課分をカバーする。
言語教育と文化や歴史などの内容教育をバランスよく行うことが出来ます。 - 全8課中6課分をカバーする。
言語教育と文化や歴史などの内容教育をバランスよく行いながら、関連事項の補足などにも十分時間が取れるカリキュラムです。
- 全8課をカバーする。
教授方略
本書は「内容中心の教育」を読解教育理論に基づいて行うというアプローチでデザインされています。読解教育で重要だとされる方略のうち以下の4点を柱とすると、本書を使ったコースのデザインがしやすくなると考えられます。
方略1: 十分な量の読解練習を提供する。
十分な量のインプットが言語習得に不可欠であるということに議論の余地はありません。しかし、これを実際に達成出来ているかと言えば、必ずしもそうとは言えないでしょう。Grabe (2002)は、この点に関して「ほとんどの教師は読解量の不足による深刻な弊害を認識していない」という強い批判的考察を述べています。まずは学習者にどれだけの量の読み物を読ませるかということが、コースをデザインする上での最初のポイントになります。本書は、この読解量の確保という目的を達成するために、初級前半を終えた学習者が各課3,500字以上の長い本文を読み進められるようなデザインになっています。
方略2: 複数の異なったタスクを与えながら読ませ、様々な読解ストラテジーを使いながら本文を複数回読ませる。
読解力の向上のためには、読み物の内容理解を最終的なゴールにするのではなく、様々な読解ストラテジーを使いながら、異なった複数の目的のために同じ読み物を複数回読むことが重要だと考えられています。「複数の目的」の中には、以下のようなものが含まれます。
- 必要な情報を見つけるために読む(スキャニング、スキミング)
- 大意把握のために読む(スキミング)
- 学習のために読む
- 情報をまとめるために読む
- 情報を評価、批評し、活用するために読む
- 内容を理解するために読む(興味があるトピックについて読む、趣味の読書など)(Grabe 2009)
このような目的を達成するために、本書を使用したコースでは、各読み物を下記の「読解の基本的な手順」にある手順で読むように指導するといいでしょう。
方略3: 読み取った情報が知識として残るように内容学習を強化する。
読解時の認知処理は、大まかには「言語的要素を解読し(decoding)、文情報を理解・構築し(text-information building)、文脈を含めて解釈する(situation-model construction)」という順に進むと考えられます(Koda 2005)。この認知処理のプロセスから、読解においては、語彙や文型が理解出来て文の意味が分かったとしても、文脈を含めた解釈を行わなければ知識として吸収されたとは言えないということが分かります。例えば、漫画1の課には「鳥獣人物戯画」の話題があり、画像も掲載されています。それがいつ誰に描かれ、どうして重要だと考えられるのかと質問されれば、学習者は本文からその情報を見つけて答えることが出来るでしょう。しかし、このような質問に答えられたからと言って、それが実際に知識として残るかと言えば、そうとは言えません。知識として吸収されるレベルの認知処理を達成するためには、例えば、オンラインショッピングのカタログで現代では鳥獣人物戯画の動物達を使ったどんな商品が売られているかを調べてみたり、自分だったらどんな商品を作りたいか話し合ってみたり、実際に絵を真似て描いてみたりと、学習した情報を学習者自身の身近な経験や既存の知識と意図的に関連付ける作業を行う必要があります。内容重視のコースでは、このレベルの認知処理を達成し、長期的に忘れないような知識を増やすことも大変重要であり、それを達成するための効果的な授業活動が不可欠であるという意味で、内容教育の強化は、授業内で教師が行う最も大切な活動の一つだと言えます。実際の授業活動については、下の「教師の役割」をご覧下さい。
方略4: 理解語彙の量を増やす。
近年の読解に関する調査では、理解語彙の量と読解力との間にかなり強い相関関係が見られ、読解力の高い読者は語彙認識の際に文脈にはあまり頼らないこと、読解力の向上の50%以上が語彙量との関係で説明出来ることなどが分かってきています。その結果、理解語彙の量を増やすという目標をコースデザインに明示的に取り入れることの重要性が強調されています。学習者が読み物の理解だけで満足してしまわないように、理解語彙を増やすことの重要性を繰り返し強調することが大切です。本書は、本文中の語彙を日本語能力試験のレベル別に提示しています。各学習者が自分の日本語力に合ったレベルを選び、そのレベルの語彙を全てマスターするまで繰り返し学習するように指導しましょう。(→初回の授業でのオリエンテーション「単語量を増やすことの重要性を強調する。」)
読解の基本的な手順(授業前と授業後の学習)
上記の4点を達成するために、本書を使用したコースでは、読むことの重要性を強調し、各読み物を以下の手順で読むように指導することをお勧めします。(以下は教科書内「学習者の皆様へ」の「III. 教科書の使い方」にも記載されています。)
(授業前や授業中の学習)
- まず読んで何が書いてあるか理解する。
- ウェブサイトの予習クイズを解いて理解が正しいかどうか確認する。
- 本文の意味が理解出来たら、ウェブサイトにある単語リストやAnki デジタルフラッシュカードを使って、本文の単語を出来るだけたくさん覚える。
- なるべく辞書を使わないで本文をもう一度読んでみる。
(授業後の学習)
- 授業で勉強したことを考えながら本文をもう一度読み、大切なポイントを整理する。
- ウェブサイトにある日本語能力試験のレベル別単語リストを見て、覚えたいレベルの単語が全部分かるかどうかもう一度確認する。
- 本文の音声を聞いて内容が理解出来るかどうか確認する。分からない部分は本文を再度読んでからもう一度聞いてみる。
- ウェブサイトにある「確認クイズ」をして、本文の理解や単語の学習などが出来ているかどうか最終確認する。辞書を使わないでクイズに素早く答えられるようになるまで続ける。
なお、授業時間の使い方については、下の「授業活動」をご覧下さい。
教師の役割
ここでは、本書を使用したコースにおける教師の役割について記述しています。
コースデザイン
まず、本書を使ったコースのデザインについては、以下のような点がポイントになると考えられます。
コースでカバーする課数
本書は全8課で構成されており、どの課からでも始められるようにデザインされています。大まかな目安については、「各課の授業時間数」をご覧下さい。
学習者に授業前に読み物を読んで来させる手段
十分な量の読解練習を提供するために、本書は学習者が授業前に自分で読み物が読みやすいように作られています。本書のウェブサイト上では自動採点される予習クイズ(正誤判定形式)が提供されていますので、学習者に、授業前に、自分で読み物を読み、この予習クイズを使って理解をチェックしてくるように薦めるといいでしょう。また、予習クイズとは別に、本書では「読む宿題」(正誤判定形式)も提供しています。読む宿題を成績の一部とするというコースデザインもこの目標の達成のためには大変有効です。
実践例
筆者は、読む宿題を成績の一部としたコースと成績の一部としなかったコースの2コースを開講し、両コースを履修した10名の学習者に、どちらの方がいいと思うかという無記名のアンケートを実施しました。結果は、両コースを履修した学習者全員が、成績の一部になっている方がいいと答えました。理由として「成績の一部になっている方がやる気が出る」「クラスメートも授業前にしっかり読み物を読んできているので、授業内のペアワークやディスカッションが深まる」などの回答がありました。回答数が少ないため一般化は出来ませんが、筆者の実践に限って言えば、学習者の読解力の向上にも授業内での内容教育の強化にもよい結果をもたらしたと言えます。
学習者に毎日継続的に勉強させる手段
本書は、本文に使われている単語が Anki のデジタルフラッシュカードで学習出来るようになっています。Anki のプログラムは習得のために最適な間隔を自動的に計算し単語を提示するので、学習者は Anki を使うことで一度学習を始めた単語を覚えるまで効果的に反復練習することが出来、毎日継続的に勉強することを習慣化することが出来ます。また、第1課と第2課のためには文レベルの練習が出来るフラッシュカードも用意されているので、教師は学習者に単語フラッシュカードと併用するように指導するといいでしょう。
授業での学習者個人のデバイス(コンピュータやタブレット等)の使用
本書の本文(読み物とアクティビティ)は全てウェブサイトで読めるようになっているので、授業でのコンピュータなどのデバイスの持ち込み・使用を許可すれば、忘れてしまった単語の意味が素早く調べられ、ペアワークやグループディスカッションをより効率よく進めることが出来ます。また、インターネットを使った活動がしやすくなるという利点もあります。このような学習スタイルは、現代の学習者の学習スタイルにも合っていると言えるでしょう。
実践例
筆者が開講したコースでも、ペアワークやグループディスカッションの際に、学習者にデバイスの使用を許可しました。それにより、忘れてしまった単語の意味が調べやすくなり、学習者が話し合いの内容により集中出来たようでした。また、上の「教授方略3: 読み取った情報が知識として残るように内容学習を強化する。」で記した「オンラインショッピングのカタログで現代では鳥獣人物戯画の動物達を使ったどんな商品が売られているかを調べてみる」など、インターネットを使った様々な授業活動も行いやすくなりました。言語的な補助だけでなく、言語以外の内容教育の強化という点においても、デバイスの使用の許可は有効な手段だと感じられました。
学期末の発表プロジェクト
授業での学習と学習者の実生活での経験との結びつきを更に強化するために、本書では、学習者自身のクリエイティブコンテンツを作成して発表するというプロジェクトを推奨し、pp.120-121にプロジェクトサンプルを掲載しています。学期の初日、または早い段階で発表プロジェクトについて説明し、学習者に、学期を通して、本書で学習したトピックについて自分ならどんなことが出来るかを考えさせるといいでしょう。
初回の授業でのオリエンテーション
本書を使ったコースで学習するための準備として、学期初日のオリエンテーションで、以下のポイントをカバーすることをお勧めします。
本文を読むための準備をする。
以下の3点は、教科書内「学習者の皆様へ」の「III. 教科書の使い方」(p.xi) に記載されています。教科書のページを見ながら指導するといいでしょう。
- 学習目標とそれを達成するための方法を説明する。
教科書内「教科書の特徴」(p.vi)を学習者と一緒にチェックしましょう。特に、本書を使って学習する時は学習者が授業前に自分で本文を読んでくることが不可欠だということを強調して下さい。その際に、言語レベルのコントロールとウェブサイトの活用により、本書は学習者が本文を自分で読めるよう書かれていることを説明して、学習者の読解意欲を高めるといいでしょう。 - 読解補助ツールを使用出来るようにする。
ウェブサイトの「読解補助ツール」のページを見ながら、読解補助ツールの種類や使い方をチェックして、本文を読む準備をしましょう。実際にポップアップ辞書を使いながら本文を読んで見せて、どれ程容易に単語の意味が調べられるのかをデモンストレーションし、学習者の読解意欲を高めるといいでしょう。同時に、翻訳ツールは絶対に使わないことと本文を読む時は基本的に教科書を使いウェブサイトは単語の意味を調べるためだけに使うようにすることを確認して、読解補助ツールの正しい使い方を確認しましょう。 - 既習として扱われる文法、表現を復習する。
ウェブサイトの「既習として扱われる文法や表現」のページには、本書の本文が書かれた際に既習として扱われた文法や表現の説明と例文があります。学習者に自分でチェックさせ、未習、または忘れてしまった文型がある場合は、説明や例文を読んでおくように指示するといいでしょう。
読解の手順を説明する。
教科書内「学習者の皆様へ」の「III. 教科書の使い方」(p.xi) を使って、読解の基本的な手順を確認しましょう。その際に、授業前に本文を自分で読んでくることの重要性を強調しましょう。
単語量を増やすことの重要性を強調する。
- 学習者が読み物の理解だけで満足してしまわないように、理解語彙を増やすことの重要性を強調しましょう。学習者に、ウェブサイトにある各読み物の日本語能力試験レベル別単語リストを実際に見せて、理解語彙としてマスターしなければいけないレベルの目安を示めすといいでしょう。大まかには、N5とN4は全員全てマスターする、初級教科書後半を学習中の学習者はN3の単語も出来るだけマスターする、中級教科書前半を学習中の学習者はN3に加えてN2の単語も出来るだけマスターするという目安を提示することが出来ます。
- 語彙学習に関しては、コンピュータを使った学習の有効性が報告されています(Dziemianko 2010; National Reading Panel 2000)。このウェブサイトでは、本書の単語をAnkiのプログラムを使って学習出来るように音声付きのAnkiデジタルフラッシュカードが提供されています。ウェブサイトのAnkiのページを見せて、学習者に使用を勧めるといいでしょう。
授業活動
以下は、オリエンテーションが終わった後の日々の授業について記述しています。
「本文を読む前に」をする。
各課は「本文を読む前に」の活動で始まります。その課のトピックについて、自分の経験や既存の知識を話し合わせ、その課で学習する内容が学習者にとってなるべく身近に感じられるように準備をするといいでしょう。また、本文に頻繁に使われている単語の意味を調べたり、本文の理解に必要な背景知識をカバーする活動もあります。
「本文」を読む。
「本文を読む前に」の活動が終わった後は、各課の読み物やアクティビティを一つずつカバーするといいでしょう。基本的に、各読み物の学習は以下のような流れで進めるようにデザインされています。(個別の活動案は、下の「授業活動の例」からアクセス出来ます。)
- 単語のチェックをする。
カバーする読み物やアクティビティの日本語能力試験別単語リストを見ながら、単語の学習をしてきているかどうかを確認する。 - メインポイントを確認する。
カバーする読み物やアクティビティのメインポイントを確認する。「この読み物のメイントピックは何ですか。」「この読み物は誰について書かれていますか。」「その人は、どんなことをしましたか。」など、大意把握の質問をして、学習者が授業前に読み物を読んできているか、メインポイントが把握出来ているかどうかを確認する。 - 重要文法や難しい文の理解など、言語的な補足をする。
教科書の「文法・表現」で取り上げられている文法や表現を中心に、読解の際にポイントになる言語要素の意味や用法、構文を確認する。 - 内容的な補足をする。
読み物で学習した内容が知識として記憶に残るように、補足の活動をする。学習内容が学習者個人の経験や既存知識と結びつくような活動が効果的だと考えられています。(「教授方略3: 読み取った情報が知識として残るように内容学習を強化する」参照) - 教科書の練習問題をする。
読み物に後続している練習問題をして、学習の総仕上げをする。まずは学習者同士のペア、またはグループ活動として行い、その後でクラス全体で確認するといいでしょう。学習者が慣れるまでは「モデル会話」を参考にしながら話し合いを進めると、初級学習者でもスムーズに活動が進められます。
教師専用教材
- 「予習クイズ」の問題と解答後に表示される説明
下のリンクから、各予習クイズの問題と解答後に自動で表示される説明を見ることが出来ます。予習クイズというのは、ウェブサイト上で提供されている各読み物の正誤判定問題のクイズで、学習者は、課の本文が読めるページから自由にアクセスし解答することが出来ます。解答はウェブサイト上で自動採点されますので、学習者に授業の準備のために使用させることをお勧めします。なお、実際の予習クイズへは、「予習クイズ」、または各課のページの「 予習クイズ」からアクセス出来ます。 - 「確認クイズ」の問題と解答後に表示される説明
下のリンクから、各確認クイズの問題と解答後に自動で表示される説明を見ることが出来ます。確認クイズというのは、ウェブサイト上で提供されていて、各読み物を勉強した後に学習内容を確認するという目的で作られています。学習者は、課の本文が読めるページから自由にアクセスし解答することが出来ます。解答はウェブサイト上で自動採点されますので、学習者に授業の復習のために使用させることをお勧めします。なお、実際の予習クイズへは、「確認クイズ」、または各課のページの「 確認クイズ」からアクセス出来ます。
教師専用パスワードが必要な教材
以下の教材は、成績の一部となる、授業活動に影響するなどの可能性があるという理由で、学習者がアクセス出来ないように、通常のパスワード(読み物アクセスコード)とは別に教師専用パスワードを設定しています。教師専用パスワードをご希望の方は、下のリンクからパスワードの申請を行って下さい。
- 読む宿題(全課)
本書を使ってコースを開講する場合は、学習者に授業前に確実に読み物を読んでこさせるようなコースデザインにすることが不可欠です。この目的を達成するために、授業の予習として、「読む宿題」を課すことをお勧めします。読む宿題は、ウェブサイト上の「予習クイズ」と同じ正誤判定問題で、問題の内容も予習クイズと類似していますので、学習者に、まず予習クイズで自分の理解が正しいかどうか確認してから読む宿題を行うように指示するといいでしょう。(→コースデザイン「学習者に授業前に読み物を読んで来させる手段」) - 課のテスト(第1、2、5、6課サンプル)
各課で学習したことの理解を評価するテストです。課のテストの内容はウェブサイト上の「確認クイズ」と類似していますので、学習者に、確認クイズを使って課のテストの準備をするように指示するといいでしょう。 - 期末試験(第1、2、5、6課をカバーしたコースのサンプル)
コースで学習したことの理解を評価する試験です。 - 授業活動の例(第1課、第2課サンプル)
各読み物やアクティビティをカバーする際の授業活動案です。授業案の一例としてご参照下さい。なお、各授業案は、学習者が授業前に読み物を読んできていることを前提に、上記「授業活動」にある基本的な授業の流れ(1.単語をチェックする。→2.メインポイントを確認する。→3.重要文法や難しい文の理解など、言語的な補足をする。→4.内容的な補足をする。→5.教科書の練習問題をする。)に沿って書かれています。 - 確認クイズの音声ファイル(全課)
ウェブサイトにある「確認クイズ」の音声教材の.mp3ファイルです。授業活動のためなどに確認クイズの音声ファイルをダウンロードする必要がある場合はこちらはご利用下さい。なお、教科書本文の.mp3ファイルは、学習者も通常の読み物アクセスコードを使ってアクセス可能な「音声教材」のページからダウンロード出来ます。 - 読み物の英訳(全課)
教科書の各課の読み物の英訳です。 - Anki デジタルフラッシュカード「文レベルの練習」Deckの文と音声ファイル(全課)
文レベルの練習をするための Anki デジタルフラッシュカード(PCNO Sentences JP to EN)(「Anki デジタルフラッシュカード」からアクセス可)に含まれている全文を確認することが出来ます。このフラッシュカードはN3~N5の単語を文のレベルで練習出来る教材で、様々な文を通して、単語の練習、読む練習、聞く練習を同時に行うことが出来ます。 - Anki デジタルフラッシュカード「文法」Deckの文と音声ファイル
文法を文レベルで練習をするための Anki デジタルフラッシュカード(PCNO Grammar Sentences JP to EN)(「Anki デジタルフラッシュカード」からアクセス可)に含まれている全文を確認することが出来ます。 このフラッシュカードは教科書の124ページから141ページの「文法・表現」で導入される文法や表現を文の中で練習出来る教材で、様々な文を通して、これらの文法や表現を使った文の読む練習と聞く練習を行うことが出来ます。
主な参考文献
- 當作靖彦. “日本研究と日本語教育の連携:Assimilation(同化)からExploration(探求)へ、アメリカからの提案”. 日本語教育と日本研究の連携ー内容重視型外国語教育に向けて. トムソン木下千尋, 牧野成一編. ココ出版, 2010, pp.53-66, (日本語教育学研究, 2).
- 富岡純子, 島恭子. 日本語中級読解入門. アルク, 1991.
- 花井善朗, 江森祥子. “「世代を超えて」前進するために: ポップカルチャーを使った試み”. Proceedings of the 26th Central Association of Teachers of Japanese Conference: CATJ26 at University of Michigan. 2016, pp. 59-67. https://drive.google.com/file/d/0B3bwcWx6XSC2RnRKMlhST0pCTWM/view, (参照 2016-8-25).
- 牧野成一. “アメリカにおける日本事情教育と日本語教育の接点: Content-Based Instructionをめぐって”. 第37回定例会(2000.12.10)講演レポート. 日本語OPI研究会. 2000.
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